ウィリアム・S・ギルバートさんについて。

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ウィリアム・シュベンク・ギルバートさんは
イギリスの劇作家です。

 

1836年11月18日にイギリスで誕生し
1911年5月29日に74歳で亡くなりました。

 

この記事では
ウィリアム・S・ギルバートさんについて紹介します。

 

ウィリアム・S・ギルバートさんの経歴

子ども時代

ウィリアム・S・ギルバートさんは
ロンドンのストランドで生まれます。

海軍軍医を務め、小説作家となった父と
薬剤師であった母でしたが、
あまり両親とは親密な関係を
築けなかったといわれています。

 

行政職に

キングス・カレッジロンドン卒業後、
陸軍砲兵隊の任官を得る試験を
受けるつもりでしたが、
クリミア戦争が終わっていた時期で、
新兵は必要とされず、代わりに行政職に就きます。

 

その後、イギリス防衛のために結成された
民兵隊に加わり、大尉の位まで昇進します。

また、300ポンドの遺産を受け取り、
短期間法廷弁護士を務めますが、
成功せずに終わります。

 

その間収入を補うために、様々な物語や
喜劇の吹き出し、挿絵、演劇評論を描き、
子どもの頃のギルバートさんのあだ名だった
バブ」というペンネームで、
挿絵入りの詩を書いたりしていました。

 

作品が評価され始める

ギルバートさんが作った
ユーモアのある詩は大きな人気を博し、
バブ・バラーズ」として単行本になりました。

そしてプロとして最初の戯曲
アンクル・ベビー」を制作し、
1863年に上演されます。

その後も喜劇を中心に
様々な作品を作り上げます。

 

 サリヴァンさんとの共作

1871年、作曲家
アーサー・サリヴァンさんと初めて
協業して作品を制作します。

 

そして1878年の共作
H.M.S.ピナフォナ」の上演が大成功し、
その後も次々と共作が大ヒットします。

  • 1879年「ペンザンスの海賊
  • 1881年「忍耐」
  • 1882年「Iolanthe」
  • 1884年「プリンセス・アイダ」
  • 1885年「ミカド
  • 1887年「Ruddigore」
  • 1888年「The Yeomen of the Guard」
  • 1889年「ゴンドラの船頭達」

これらの作品において、
ギルバートさんは監督、管理など
だけでなく一部の作品ではデザインも
自身で担当をします。

 

晩年

ギルバートさんは1889年、
ガーリック劇場を建設します。

1911年、ギルバートさんは
湖で水泳をしていたときに
おぼれかけた女性を助けようとし、心臓麻痺で亡くなりました。

 

 

ウィリアム・S・ギルバートさんの著書

ウィリアム・S・ギルバートさんが
出している本を紹介します。

喜歌劇ミカド

喜歌劇ミカド」は
ウィリアム・S・ギルバートさんが
書いた喜劇作です。

ミカドの息子とかわいい町娘が
ニッポンを舞台に繰り広げるラブコメディです。

19世紀のイギリスで作られ大評判となり、
今も世界各地で上演される不朽の名作です。

 

まとめ

この記事では
ウィリアム・S・ギルバートさんについて紹介しました。

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