ドストエフスキーさんについて。

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Fyodor Dostoevsky
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フョードル・ミハイロヴィチ・ドストエフスキーさんは
ロシアの小説家・思想家です。

 

1821年11月11日にモスクワで誕生し
1881年2月9日に59歳で亡くなりました。

 

この記事では
ドストエフスキーさんについて紹介します。

 

ドストエフスキーさんの経歴

ドストエフスキーさんは、慈善病院の
医師である父親の次男として生まれ、
15歳まで生家で過ごします。

 

17歳で工兵士官学校へ入学しますが
1年で退職し、作家を目指します。

1846年に処女作である
貧しき人々」が批評家に激賞され、
華々しく作家デビューを果たしました。

 

しかし、1849年に
空想的社会主義サークルの一員になった為
官憲に逮捕されます。

死刑判決となりますが、
銃殺刑執行直前に皇帝ニコライ1世から
特赦が与えられ、シベリアに流刑という
減刑になって、1854年まで服役します。

 

刑期終了後は兵役につき、
その後1858年にペテルブルクに帰還します。

その後「罪と罰」を発表し、
ドストエフスキーさんは再び評価を高めました。

 

他にも実質、彼の獄中時の
体験記録といえる小説「死の家の記録」や、
死刑直前の囚人の気持ちが語られた
白痴」など、シベリア流刑によって
たくさんの作品が生まれます。

また、それまでの
人道主義的な作風から一転して、
悲劇的な要素を多く含む作品が
増えるきっかけともなります。

 

晩年には、自身の集大成的作品
カラマーゾフの兄弟」を執筆し、
後に家族に看取られながら59歳で亡くなりました。

 

ドストエフスキーさんの著書

ドストエフスキーさんは
いくつもの著書を出しています。

ここでは2つ紹介します。

  • 罪と罰
  • 作家の日記

これらの著書について
以下で解説します。

 

罪と罰

罪と罰」は、
ドストエフスキーさんが書いた小説です。

明敏な頭脳を持つ主人公は、
一つの微細な罪悪は百の善行に
償われるという理論のもとに、
強欲非道な高利貸の老婆を殺害します。

しかし偶然その場に居合わせた
その妹まで殺してしまいます。

予期しない第二の殺人により、
主人公は罪の意識におびえる
惨めな自分を発見してしまいます。

 

ドストエフスキーさんの作品の中でも特に読み応えのある1冊です。

 

作家の日記

作家の日記」は
ドストエフスキーさんの作品集です。

百姓マレイ」や「百歳の老婆
などの文学的作品もあれば、
裁判をテーマにした評論、
自殺や死の問題について書かれてもおり
万人からは理解されがたかった著者の魂の遍歴を知ることができる作品です。

 

まとめ

この記事では
ドストエフスキーさんについて紹介しました。

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