西郷隆盛(さいごうたかもり)は薩摩の藩士です。
幕末期の日本を変える為に
成果を残した維新の三傑の一人です。
西郷隆盛はどんな時代の
どんな環境で生まれたのでしょうか?
この記事では
西郷隆盛の誕生日について解説していきます。
西郷隆盛の誕生日について
まず、西郷隆盛の誕生日について紹介します。
西郷隆盛の誕生日は
新暦(グレゴリオ暦)で
1828年1月23日です。
そして、当時の旧暦(太陰太陽暦)だと
1827年(文政10年)12月7日です。
※旧暦とは、明治5年(1872年)まで
用いられていた太陰太陽暦のこと。
西郷隆盛が生まれたときは
旧暦表示だったため
1827年12月7日が誕生日とされていました。
しかしグレゴリオ暦に直した場合は、
1828年1月23日が誕生日ということになります。
グレゴリオ暦は
明治5年以降現在まで使われています。
西郷隆盛が誕生した時代
西郷隆盛が誕生した頃は
どのような時代だったのでしょうか?
西郷隆盛が誕生したのは文政10年。
この時代の天皇は任孝天皇(にんこうてんのう)、
江戸幕府将軍は11代目徳川家斉(いえなり)でした。
徳川家斉の政治は50年続きましたが
1825年には異国船打払令や
シーボルト事件など、他国への
厳しい取り締まりを続けていたのです。
しかし、国内でも1833年に起きた
天保の大飢饉で多くの死者を出してしまい、
江戸幕府の体制的危機を促します。
江戸幕府の力が弱まる一方で、
他国からの圧力もかかり始めます。
後に、成長した西郷隆盛らは、
そんな日本を危惧し、大きく活躍をしていくのでした。
西郷隆盛の家系について
西郷隆盛の家系を簡単に紹介します。
西郷隆盛は、
父の西郷吉兵衛(きちべえ)と
母の西郷満佐子(まさこ)との間に
長男として誕生します。
1832年には長女の西郷琴(こと)、
翌年には次男の西郷吉二郎(きちじろう)が誕生します。
その後、生年不詳の次女、西郷鷹(たか)が誕生。
1839年には三女の西郷安(やす)と
1843年に三男の西郷従道(つぐみち)、
1847年には四男の西郷小兵衛(こへえ)が生まれます。
西郷家は、これに祖母を加えた11人家族。
さらに家格は下から二番目の下級武士という
低い身分であり、貧しい生活を送ったそうです。
それでも西郷隆盛は
7人兄妹の長男として、
西郷家を支えていくのです。
幼少期の西郷隆盛
西郷隆盛は、
どんな幼少期を送ったのでしょうか?
幼名は小吉、
周りからは吉之助と
呼ばれていたそうです。
また、西郷隆盛と大久保利通の家は
150mほどの距離にあったという幼馴染でありました。
1839年、西郷隆盛は郷中仲間と
月例のお宮参りに行った時に行きます。
しかし、友人が
他の郷中と喧嘩をはじめてしまい
その仲裁に入った西郷隆盛は
右腕の神経を刀で切られてしまいます。
なんとか一命は取り留めましたが、
三日間高熱にうなされ、
その怪我のせいでそれ以来、
西郷隆盛は刀を握ることはできなくなりました。
このため西郷隆盛は武術をあきらめて
学問を生活の手段にしていこうと考えたそうです。
最後に
この記事では
西郷隆盛の誕生日について解説しました。