画家「ゴッホ」さんについて。

フィンセント・ヴィレム・ファン・ゴッホさんは
ポスト印象派の画家です。
1853年3月30日にオランダで誕生し
1890年7月29日に37歳で亡くなりました。
この記事では
ゴッホさんについて紹介します。
目次
ゴッホさんの経歴
ゴッホ誕生
ゴッホさんは、
オランダ南部のズンデルトで
牧師の家に生まれます。
ゴッホの子供時代
ゴッホさんは
少年の時から思い込みが激しい性格で
熱烈な片想いと失恋を繰り返し
就職しても客や上司と衝突をしたそうです。
ゴッホ、芸術の世界へ
16歳のときに、
美術商の共同経営者である
叔父の取り計らいで同社に
就職し、画商として働きます。
この年から、
弟テオさんとの文通を始めたそうです。
このオランダ時代には、
貧しい農民の生活を描いた
暗い色調の絵を多く描いた
と言われています。
その後
テオさんを頼ってパリに移り、
印象派や新印象派の影響を受けた
明るい色調の絵を描くようになります。
名作を次々に生み出すゴッホ
1888年に南フランスに移ると
「ひまわり」や
「夜のカフェテラス」など
名作を次々に描きます。
ゴッホの「耳切り事件」
同年10月末から
ゴーギャンさんと共同生活を送りますが、
2人の関係は行き詰まり、
ゴッホさんが自らの左耳を切り落とす「耳切り事件」で
共同生活は破綻します。
以後もゴッホさんは、
発作に苦しみながら
病院への入退院を繰り返しました。
発作の合間にも
「星月夜」など多くの風景画や
人物画などを描き続けます。
ゴッホの最期
1890年にも画作を続けますが
7月27日に銃で自らを撃ち、
2日後の29日に死亡しました。
発作の原因はてんかん、
統合失調症など諸説あります。
死後評価されるゴッホの作品
生前に売れたゴッホさんの絵は
「赤い葡萄畑」のみだったそうですが
彼の死後に、作品は高く
評価されるようになりました。
ゴッホさんの作品は、
感情の率直な表現、
大胆な色使いで知られ
ポスト印象派を代表するものとなります。
フォーヴィズムやドイツ表現主義など
20世紀の美術に大きな影響を及ぼします。
ゴッホさん関連の著書
ゴッホさんについての
著書はいくつもあります。
ここでは2つの
著書を紹介します。
- ゴッホ自画像の告白
- ゴッホの手紙
これらの著書について
以下で解説します。
ゴッホ自画像の告白
「ゴッホ自画像の告白」は
ゴッホさんの自画像集です。
ゴッホさんの自画像
すべてを収めています。
絵と精神の深い谷間で
ゴッホさん自身が自分を見つめて、
描いた自画像の数々を、彼自身の
言葉と共に収録した1冊となっています。
ゴッホの手紙
「ゴッホの手紙」は
ゴッホさんの書いた手紙をまとめています。
ゴッホさんの親友であった
画家ベルナールさん宛てと
弟テオドルさん宛ての書簡を
著書としてまとめています。
当時、
自身の絵に無理解、悪意を示す
世の中と戦った彼の魂の記録といえます。
まとめ
この記事では
ゴッホさんについて紹介しました。