女侍「巴御前」ってどんな人?何をした人?【逸話や家紋なども紹介】

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女の侍
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巴御前―動乱の世を天翔る木曽谷の女武者 (ロマン・コミックス 人物日本の女性史 13)

 

巴御前(ともえごぜん)とは、
平安時代末期から鎌倉時代までを生きた侍です。

誕生時期:1157年
死亡時期:1247年

 

この巴御前という人物、
実は女性であったと言われているのです。

 

この記事では
女侍「巴御前」とはどんな人だったのか
巴御前の逸話や家紋なども紹介していきます。

 

 

巴御前(ともえごぜん)とは?どんな人?

ともえ (文春文庫)

巴御前(ともえごぜん)は、
生年不詳の信濃国(現・長野県)の女性です。
※ともえごぜんの字は、
鞆絵御前と表記されることもあります。

 

中原兼遠の娘であり、
木曾義仲(源義仲)の妾
あったとされています。
※妾(めかけ)=持続的な男女関係にある女性(妻ではない)

 

巴御前は
武勇をもって知られる女性です。
源義仲に従い、各地で戦いに参加し
その中で活躍していたそうです。

 

平安時代鎌倉時代
女侍がいたという事実に
驚く人もいるかもしれません。

源義仲の死後、
巴御前は出家して尼(あま)となり
越後の友松に移り住んだと伝えられています。

 

 

巴御前の逸話について

巴(ともえ)御前(一) (光文社文庫)

ここでは
女侍「巴御前」の逸話について紹介します。

  • 一人当千の兵者
  • 敵の首を素手でねじ切る!?

 

一人当千の兵者【巴御前の逸話】

乱世を駆ける―木曾義仲と巴御前

 

巴御前は軍記物語「平家物語」の
”覚一本”で「木曾最期」の章段に登場します。

巴は色白く髪長く、容顔まことに優れたり。

強弓精兵、一人当千の兵者なり。

源義仲の平治討伐に従軍し
源平合戦(治承・寿永の乱)で戦う大力と
強弓の女武者として描かれています。

 

敵の首を素手でねじ切る!?【巴御前の逸話】

フライトエル 巴御前

 

巴御前は、宇治川で敗れ落ち延びる
源義仲に従って、最後の7騎・5騎に
なっても討たれなかったそうです。

源義仲は、
「お前は女であるからどこへでも逃げなさい。
私は討ち死にする覚悟だから、最後に女を
連れていたと言われるのはよろしくない」
と巴御前を逃がそうとします。

巴御前はこれを断りますが、
源義仲に繰り返し説得され
「最後の奉公でございます」
と言いその場を去ります。

その時になんと、巴御前は
大力と評判の敵将である
恩田(御田)八郎師重の首を切ったとされています。

この「首を切った」について別説があり
首を刎ねたのではなく「素手でねじ切った」、
もしくは「馬で両側から敵兵に挟み込まれた時
敵兵の首を両脇に抱え込んで、
のまま腕を締めてねじ切った」と伝えられています。

 

男性であっても、人間の首を
素手でねじ切ることなんて出来るのか?
と思ってしまいますが、さらにそれが
女性であるとすると、にわかには信じがたい話ですよね。

 

 

巴御前の家紋について

S4M-017 左三つ巴紋 家紋シール 4cm x 4cm 4枚セット

 

ここでは、巴御前が使用していたとされる
「巴紋(ともえもん)」と呼ばれる家紋を紹介します。

 

巴紋(ともえもん)【巴御前の家紋】

巴紋 ともえ ■ 黒屋根 灯籠 ■ 電装式 1対 ■ 高さ17cm ■ 神棚 祖霊舎用 ■ 灯篭 春日灯篭

 

源平衰退記」の記述によると
巴御前は、巴の紋様を愛用したと言われ
そのため彼女は巴御前と呼ばれています。

巴とは水が渦を巻いている形(渦巻)を表しています。

この渦巻を火災予防のおまじないとして
民家の屋根瓦や土蔵などによく用いています。

 

また三つ巴の向きも右と左があり、
種類が多く、ルーツなどもはっきりしておらず、
謎の多い神秘的な家紋といえますね。

 

 

最後に

大鵬が行く ~義仲と巴御前~

 

この記事では
女侍「巴御前」とはどんな人だったのか
巴御前の逸話や家紋についても解説しました。

 

 

 

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