坂本龍馬の恋人「千葉佐那(さな子)」ってどんな人?何をした人?

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花影-千葉佐那の愛-

 

幕末期に活躍をした武士の一人である
坂本龍馬にはおりょうという奥さんがいました。

 

しかし、おりょうと結婚する前に
坂本龍馬には「千葉佐那(さな子)」という恋人もいたんです。

 

千葉佐那(さな子)は
幕末期(江戸時代後期)から
明治時代までを生きた女性です。

誕生時期:1838年3月31日
死亡時期:1896年10月15日

 

この記事では
坂本龍馬の恋人「千葉佐那(さな子)」とはどんな人か
何をした人なのかをわかりやすく簡単な言葉で解説していきます。

 

 

坂本龍馬の恋人「千葉佐那(さな子)」とは?どんな人?

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千葉佐那(さな子)の誕生日

千葉佐那(さな子)は
1838年(天保9年)に北辰一刀流桶町千葉道場主の
千葉定吉二女として誕生します。
※千葉佐那の具体的な誕生日は不明です。

兄には剣術使いの千葉重太郎がおります。

 

千葉佐那は容貌が美しかったことでも知られ”千葉の鬼小町”や”小千葉小町”と呼ばれます。

 

 

 

千葉佐那と北辰一刀流

千葉佐那も北辰一刀流の剣術を学んで
10代の頃には免許皆伝の腕前に達したそうです。

宇和島藩主の伊達宗城が残した記録には
19歳だった千葉佐那が、伊達家の姫君の
剣術師範として伊達屋敷に通っていたことと、
藩主跡継ぎであった、当時27歳の伊達宗徳と立ち会って勝ったことが記されています。

 

 

千葉佐那と坂本龍馬

龍馬の言葉


1853年4月頃、坂本龍馬は

土佐から江戸を剣術修行で訪れます。

そして北辰一刀流の桶町の千葉道場に
入門して、千葉佐那と知り合うのです。

坂本龍馬は千葉佐那の3歳程年上です。

 

千葉佐那の回想によると、2人は
1858年頃に婚約したということです。

また、坂本龍馬は実姉への手紙に
千葉佐那のことを次のように評しています。

今年26歳で、馬によく乗り、剣もよほど強く、
長刀もできて、力は並の男よりも強く、
顔は平井(加尾)よりも少しよい

※加尾とは西山志澄の妻であり、
坂本龍馬の初恋相手という説があります。

 

父の千葉定吉は、結婚のために
坂本家の紋付を仕立てたそうですが、
修行を終えて土佐へ帰国した坂本龍馬はその後、千葉佐那と疎遠となります。

 

 

千葉佐那と坂本龍馬の死

1866年2月には、
坂本龍馬はおりょう(楢崎龍)と結婚しています。

また、1867年に坂本龍馬は暗殺され、
千葉佐那はその死を知らされると、
坂本龍馬に渡すために用意した紋付の片袖を形見にしたと伝わっています。

 

 

 

千葉佐那の明治維新後

明治維新後、千葉佐那は
学習院女子部の生活指導や監督をする舎監として働きます。

 

その後、千住で灸師として生活したそうです。

 

坂本龍馬の死後も
独身で一生を過ごしたと言われていますが、
1874年(明治7年)に、千葉佐那は元鳥取藩士の
山口菊次郎と結婚したとする記事が発見されています。

また、山口菊次郎とは数年で離縁したとも書かれています。

 

 

千葉佐那の最期

千葉佐那は、
1896年(明治29年)10月15日
亡くなります。享年59歳。

千葉佐那のお墓は、
山梨県甲府市にある清運寺に安置されていて、墓石には「坂本龍馬室」と書かれています。

 

 

最後に

竜馬外伝 i10 鬼小町・千葉佐那の章

 

この記事では
坂本龍馬の恋人「千葉佐那(さな子)」とはどんな人か
何をした人なのかをわかりやすく簡単な言葉で解説しました。

 

少しでもあなたの参考になれば幸いです。

 

 

 

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