人気で有名な!日本のお城一覧【都道府県別】

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日本のお城
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日本のお城の中で
特に有名で人気なお城について
都道府県別に紹介していきます。

 

目次

青森県のお城【有名な日本のお城】

 

 

弘前城(ひろさきじょう)

弘前城の築城者:津軽信枚

弘前城は、現在の弘前市における弘前公園がそれにあたり、津軽統一を成し遂げた津軽為信(ためのぶ)によって慶長8年(1603年)に計画され、二代目信枚(のぶひら)が慶長15年(1610年)、築城に着手し、翌16年に完成しました。以後、弘前城は津軽氏の居城として、廃藩に到るまでの260年間、津軽藩政の中心地として使用されました。

引用:青森県観光情報サイト

 

宮城県のお城【有名な日本のお城】

 

 

仙台城(せんだいじょう)

仙台城の築城者:伊達政宗

仙台城は、初代仙台藩主伊達政宗によって造営されました。関ヶ原の戦い直後の慶長5年(1600年)12月に城の縄張り(なわばり)が行われ、翌年1月から普請に着手されました。工事は慶長7年(1602年)には一応の完成をみたとされています。

引用:仙台市公式ホームーページ

 

 

秋田県のお城【有名な日本のお城】

 

 

久保田城(くぼたじょう)

久保田城の築城者:佐竹義宣

久保田城は、慶長七年(1602)に出羽国へ国替えとなった佐竹氏二十万五千八百石の居城であり、複数の廓を備えた平山城です。

築城は慶長八年(1603)年五月に開始され、翌年の八月には初代藩主佐竹義宣が久保田城に入り、旧領主秋田氏の居城であった湊城は破棄されました。

しかし、義宣が湊城から居を移した後も城普請は続けられ、完成したのは寛永八年(1631)頃といわれています。

引用:秋田市公式サイト

 

 

山梨県のお城【有名な日本のお城】

 

 

甲府城(こうふじょう)

甲府城の築城者:浅野長政

甲府城は、古くは甲斐府中城、一条小山城、舞鶴城、赤甲城などとも呼ばれていました。

天正10年(1582)甲斐国は戦国大名・武田氏の滅亡後、まず織田信長の領国となり、本能寺の変の後は徳川家康の支配するところとなりました。しかし、豊臣秀吉が天下統一をなしとげると、秀吉の命令により甥の羽柴秀勝、腹心の部下である加藤光泰らによって築城が始められ、浅野長政・幸長父子によって完成をみました。また、慶長5年(1600)関ヶ原の戦い以降は再び徳川の城となり、幕末まで存続しました。

引用:甲府市公式ホームページ

 

長野県のお城【有名な日本のお城】

 

 

松本城(まつもとじょう)

松本城の築城者:石川数正

姫路城彦根城犬山城松江城とともに国宝に指定されている松本城は、天守の築造年代は文禄2~3(1593~4)年と考えられ、五重六階の天守が現存している日本最古の城です。

松本城は、戦国時代の永正年間に造られた深志城が始まりです。

甲斐の武田信玄が小笠原長時を追い、松本平を治める拠点として深志城を選んで信濃支配を目指しますが、天正10(1582)年に小笠原貞慶が、本能寺の変による動乱の虚に乗じて深志城を回復し、名を松本城と改めました。 天正18(1590)年、豊臣秀吉が天下を統一すると、徳川家康を関東に移封しました。このとき松本城主・小笠原秀政が家康に従い下総へ移ると、石川数正・康長父子が代わって入城し、城と城下町の整備を進め、近世城郭としての松本城の基礎を固めました。

引用:松本市公式観光情報

 

上田城(うえだじょう)

上田城の築城者:真田昌幸

上田城は天正11年(1583)真田昌幸によって築城され、天正13年(1585)第一次上田合戦・慶長5年(1600)第二次上田合戦の二度にわたり徳川の大軍を退けたことで知られています。二度もの実戦経験があり、上田城のような戦歴を持つ城は全国でも例がありません。関ヶ原の合戦後、上田城主は真田信之となり、以後、仙石氏(三代)、松平氏(七代)とかわり、廃城後は公園となり、現在に至っています。

引用:信州上田観光ガイド

 

香川県のお城【有名な日本のお城】

 

 

高松城(たかまつじょう)

高松城の築城者:生駒親正

天正15年(1587)に讃岐一国を与えられた生駒親正は、翌年から数箇年かけて高松城を築城しました。このとき、「野原」の地名を「高松」と改めました。

引用:高松市公式ホームページ

 

 

愛媛県のお城【有名な日本のお城】

 

 

松山城(まつやまじょう)

松山城の築城者:加藤嘉明

松山城は、松山市の中心部である標高132メートルの城山(勝山)山頂に本丸があり、裾野に二之丸(二之丸史跡庭園)、三之丸(堀之内)がある、広大な平山城です。

加藤嘉明公が1602年から築城を開始し、わが国の築城史上、最長の歳月(四半世紀)を完成までに要した四国最大の城郭で、「現存12天守」の中では、姫路城と並ぶ連立式の天守を有しています。加藤氏は、城の完成前に会津藩へ転封となり、蒲生氏を経て1635年から明治維新までの235年間に渡り、親藩大名であった松平家の居城となりました。

引用:松本市公式ホームページ

 

山口県のお城【有名な日本のお城】

 

 

岩国城(いわくにじょう)

岩国城の築城者:吉川広家

岩国城は、初代岩国領主吉川広家(きっかわひろいえ)によって慶長13(1608)年に作られた山城で、眼下を流れる錦川を天然の外堀にし、標高約200メートルの城山に位置していました。

三層四階の桃山風南蛮造りでしたが、築城後7年で一国一城制により取り壊されました。現在の天守は、昭和37(1962)年に再建されたものです。

引用:岩国市公式観光Webサイト

 

島根県のお城【有名な日本のお城】

 

 

松江城(まつえじょう)

松江城の築城者:堀尾吉晴

堀尾吉晴の紹介文

慶長5年(1600年)の関ヶ原合戦の後、出雲・隠岐両国を拝領した子の忠氏と共に、遠江国浜松(静岡県)から月山富田城(広瀬)に入ったが、松江の将来性に着目して城地を移した。豊臣秀吉徳川家康と二人の天下人に仕え、豊臣政権下では三中老の一人として功績を残している。城普請の名人であり、孫の忠晴を助け松江城と城下町を建設し、現在の松江市の礎を築いた。

引用:国宝松江城ホームページ

 

愛知県のお城【有名な日本のお城】

 

 

清洲城(きよすじょう)

清洲城の築城者:斯波義重

 

室町時代応永12年(1405年)、尾張国の守護職であった斯波義重が、守護所であった下津城(稲沢市)の別郭として建てられたのが清須城の始まりといわれています。

弘治元年(1555年)に織田信長公が那古野城(なごやじょう)から入城、尾張を統一掌握したころの清須城の基本構造は、守護の館と同じだったと考えられています。永禄3年(1560年)の桶狭間の戦いに勝利した信長公は、ここ清須から天下統一への第一歩を踏み出しました。

引用:清須市公式ホームページ

 

犬山城(いぬやまじょう)

犬山城の築城者:織田信康

国宝犬山城は、室町時代の天文6年(1537)に建てられ、天守は現存する日本最古の様式です。木曽川のほとりの小高い山の上に建てられた天守最上階からの眺めはまさに絶景。周辺には犬山城下町の古い町並みや、多くの観光施設があります。信長秀吉家康が奪い合い、歴史の荒波を生き残った、国宝犬山城をご覧ください。

  • 名称:国宝 犬山城
  • 通称:白帝城
  • 立地:平山城
  • 天守構造:望楼型・三層四階地下二階・複合式天守
  • 天守の高さ:本丸地上より約24m
  • 築城年:天文6年(1537)
  • 築城者:織田信康織田信長の叔父)
  • 廃城年:明治4年(1871)
  • 指定文化財:国宝(天守)
  • 主な城主:織田氏・池田氏・石川氏・成瀬氏
  • 所在地:愛知県犬山市犬山北古券65-2

引用:国宝犬山城公式ウェブサイト

 

和歌山県のお城【有名な日本のお城】

 

 

和歌山城(わかやまじょう)

和歌山城の築城者:豊臣秀長

天正13年(1585)、紀州を平定した羽柴秀吉は、弟の秀長に命じて紀ノ川河口部の「岡山」(現在の虎伏山)に城を築かせた。これが和歌山城の始まりである。その後、秀長は郡山城(奈良県大和郡山市)に移り、家臣の桑山重晴が和歌山城代となる。

慶長5年(1600)、関ヶ原の戦いの後、浅野幸長が37万6千石で紀伊に入国し、和歌山城主となる。浅野氏は連立式天守を建て、現在の本丸・二の丸・西の丸に屋敷を造営。大手門を岡口門から一の橋の方面に移し、本町通りを大手筋として城下町を整備した。

引用:史跡和歌山城ホームページ

 

広島県のお城【有名な日本のお城】

福山城(ふくやまじょう)

福山城の築城者:水野勝成

福山城は徳川幕府から西国鎮護の拠点として,譜代大名水野勝成が元和5年(1619年)備後10万石の領主として入府し元和8年(1622年)に完成した城で、江戸時代建築最後の最も完成された名城としてたたえられていました。

また伏見櫓は築城の際に、京都伏見城の「松の丸東やぐら」であった遺構を徳川秀忠が移建させたもので白壁三層の豪華な姿に桃山時代の気風が伺えます。

引用:福山市公式ホームページ

 

岡山県のお城【有名な日本のお城】

津山城(つやまじょう)

津山城の築城者:森忠政

津山城は、本能寺の変で討死した森蘭丸の弟森忠政が、鶴山(つるやま)に築いた平山城です。
明治の廃城令で、建造物は取り壊されましたが、地上から45mに及ぶ立派な石垣が当時の面影を残しています。

引用:津山市公式観光サイト

 

滋賀県のお城【有名な日本のお城】

 

安土城(あづちじょう)

安土城の築城者:織田信長

JR安土駅の北東、標高199mの安土山一帯にある織田信長(1534-82)の居城跡。国指定の特別史跡です。天正4年(1576年)から織田信長が約3年の歳月をかけて完成しました。安土・桃山時代の幕開けとして築城されましたが、織田信長が倒れた本能寺の変後、焼失して石垣だけが残っています。

引用:滋賀県観光情報 公式観光サイト

 

長浜城(ながはまじょう)

長浜城の築城者:豊臣秀吉(羽柴秀吉)

天正元年(1573)9月、浅井氏が滅亡すると、藤吉郎は戦功により浅井氏の領地の大部分を与えられ、 羽柴秀吉(はしばひでよし)と名乗り、はじめて城持(しろもち)の大名に出世しました。

翌年、今浜(いまはま:現在の長浜)が交通の要衝であると考え、お城を造り始めました。

天正3年秋頃、お城が完成すると地名を今浜から「長浜(ながはま)」に改め、秀吉は小谷城から家族とともに移り、天正10年(1582)まで住んでいました。 この間、秀吉はこの長浜城から信長の先兵として北陸攻めや中国攻めへと出発していったのです。

引用:長浜市公式ホームページ

 

彦根城(ひこねじょう)

彦根城の築城者:井伊直孝

彦根城築城は、将軍徳川家康公の命により佐和山城を一掃するため、慶長9年(1604)より着工されました。
当初は湖畔の磯山を予定していたといわれていますが、直継の代になって現在の彦根山に決定し、20年の歳月をかけて築城されました。

引用:彦根観光ガイド

 

京都府のお城【有名な日本のお城】

伏見城(ふしみじょう)

伏見城の築城者:豊臣秀吉(羽柴秀吉)

 

二条城(にじょうじょう)

二条城の築城者:徳川家光

二条城は1603年(慶長8年)、江戸幕府初代将軍徳川家康が、天皇の住む京都御所の守護と将軍上洛の際の宿泊所とするため築城したものです。将軍不在時の二条城は、江戸から派遣された武士、二条在番によって守られていました。

3代将軍家光の時代、後水尾天皇行幸のために城内は大規模な改修が行われ、二の丸御殿にも狩野探幽の障壁画などが数多く加えられました。壮麗な城に、天皇を迎えることで、江戸幕府の支配が安定したものであることを世に知らしめたものです。

1867年(慶応3年)には15代将軍慶喜が二の丸御殿の大広間で「大政奉還」の意思を表明したことは日本史上あまりにも有名です。

引用:二条城公式HP

 

大阪府のお城【有名な日本のお城】

大阪城(おおさかじょう)

大阪城の築城者:豊臣秀吉(羽柴秀吉)

 

兵庫県のお城【有名な日本のお城】

 

 

明石城(あかしじょう)

明石城の築城者:小笠原忠真

明石城は、今から400年前の1619年(元和5年)に、初代明石藩主小笠原忠政(後の忠真)が外様大名の多い西国の備えとして、徳川幕府2代将軍秀忠から命じられ築城されました。本丸跡に建つ巽櫓・坤櫓は日本に12基しか現存していない三重櫓のうちのふたつで、国の重要文化財に指定されています。

引用:明石城 公式ウェブサイト

 

姫路城(ひめじじょう)

姫路城の築城者:赤松則村(円心)

1333年 元弘3年 赤松則村(円心)、護良親王の命により挙兵。京に兵をすすめる途中、姫山に砦を築く。

1346年 正平元年 赤松貞範、姫山に本格的な城を築く。

 

姫山の地に初めて砦が築かれたのは1333年、赤松氏の時代といわれています。以来、13氏・48代が城主を務め、戦塵にまみれることなく今日にいたっています。

赤松氏の後、西国統治の重要拠点として羽柴秀吉池田輝政、本多忠政が城に夢を託して拡張、いま見られる全容が整ったのは戦乱の世が落着いた1617年のことです。

引用:姫路城公式サイト

 

岐阜県のお城【有名な日本のお城】

 

 

郡上八幡城(ぐじょうはちまんじょう)

郡上八幡城の築城者:遠藤盛数

郡上八幡城は戦国時代末期の永禄2年(1559)、遠藤盛数が砦を築き、稲葉貞通、遠藤慶隆の興亡を経て大普請され、寛文7年(1667)、6代城主遠藤常友の修復によって幕府から城郭として認められるに至りました。

明治4年(1871)の廃藩置県とともに廃城となった城は、翌年から石垣を残してすべて取りこわされました。現在の城は、昭和8年(1933)、当時の大垣城を参考に再建され、木造4層5階建の天守閣等は郡上市重要文化財に、一帯の城跡は県史跡に指定されています。

引用:郡上八幡城

 

福井県のお城【有名な日本のお城】

 

 

丸岡城(まるおかじょう)

丸岡城の築城者:柴田勝豊

天正4年(1576年)、柴田勝家の甥の勝豊が丸岡城を築き、城下町を整備したのが都市的起源とされています。

丸岡城は柴田勝豊によって築城され、国の重要文化財です。

引用:坂井市丸岡観光協会公式サイト

 

鹿児島県のお城【有名な日本のお城】

 

 

鹿児島城(かごしまじょう)

鹿児島城の築城者:島津忠恒(島津家久)

鹿児島(鶴丸)城は、慶長6年(1601年)頃に、のちに島津家第18代当主・初代藩主となる家久が建設に着手した島津氏の居城で、背後の山城(城山)と麓の居館からなる城。

正面中央には、鶴丸城の御楼門がありましたが、明治6年(1873年)の火災で焼失。

引用:鹿児島県観光サイト

 

熊本県のお城【有名な日本のお城】

 

 

熊本城(くまもとじょう)

熊本城の築城者:加藤清正

慶長12(1607)年、茶臼山と呼ばれた丘陵地に加藤清正が当時の最先端技術と労力を投じて、名城熊本城を築城します。

以後、熊本城は400年に亘る日本の様々な歴史の重要な舞台となっていきます。

加藤清正から宮本武蔵、谷干城など歴史に名を刻んだ歴史の主人公たちが繰り広げる熊本城400年の歴史をお楽しみ下さい。

引用:熊本城公式ホームページ

 

長崎県のお城【有名な日本のお城】

島原城(しまばらじょう)

島原城の築城者:松倉重政

島原城は1618(元和4)年から、松倉豊後守重政が4年ないし7年の歳月をかけて築いたものです。五層天守閣を中核に、大小の櫓を要所に配置した、安土桃山期の築城様式を取り入れた壮麗な城でした。

それ以来約250年間、4氏19代の居城として、数多くの物語が生まれました。

しかし、明治の御一新で惜しくも解体されてしまいました。

引用:島原城公式ホームページ

 

 

福岡県のお城【有名な日本のお城】

福岡城(ふくおかじょう)

福岡城の築城者:黒田長政

福岡城跡

豊前国中津12万石から筑前国福岡52万石に移封された初代藩主黒田長政が、慶長6年(1601)から7年がかりで築城した城で、舞鶴城ともいう。平山城で、天守閣はなく大中小の各天守台と47の櫓があったという。

引用:福岡市の文化財

 

 

最後に

 

この記事では日本の温泉の中で
特に有名で人気なお城について
都道府県別に紹介していきました。

 

少しでも参考になれば嬉しいです♪

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