260年続いた江戸時代が終了した後
明治時代が堂々と日本に到来して、
明治政府による政治が始まります。
明治元年。
明治天皇が示した
基本方針がありました。
その名は五箇条の御誓文。
※読み方:ごかじょうのごせいもん
明治政府の基本的な政策を示した
この五箇条の御誓文は
明治時代の始まりに誕生しました。
五箇条の御誓文とは何か?
五箇条の御誓文の内容や意味は?などなど
五箇条の御誓文について
この記事ではなるべくわかりやすく
簡単な言葉を使用して解説していきます。
五箇条の御誓文とは?
五箇条の御誓文(ごかじょうのごせいもん)とは
1868年4月6日(慶応4年3月14日)に
明治天皇が天地の神々に誓うという
形式で示された明治政府の基本方針です。
5つの条文である為、五箇条の御誓文と
名付けられていますが、正式名称は御誓文です。
明治天皇が示したとなっていますが
当時まだ16歳であった為、文章自体は
越前藩の由利公正(ゆりきみまさ)が起草しています。
※起草(きそう)の意味:文案を作ること
そして福岡孝弟(ふくおかたかちか)が修正を加え
木戸孝允が編集をして成立した流れです。
明治政府は五箇条の御誓文を出した翌日に、
国民に向けた五榜の掲示も表明しています。
五箇条の御誓文の内容について
ここでは
五箇条の御誓文の内容を
紹介していきます。
五箇条の御誓文の内容
↓
- 広ク会議ヲ興シ万機公論ニ決スベシ。
- 上下心ヲ一ニシテ盛ニ経綸ヲ行フベシ。
- 官武一途庶民ニ至ル迄各其志ヲ遂ゲ人心ヲシテ倦マザラシメンコトヲ要ス。
- 旧来ノ陋習ヲ破リ天地ノ公道ニ基クベシ。
- 智識ヲ世界ニ求メ大ニ皇基ヲ振起スベシ。
これらの内容について
以下で解説していきます。
広ク会議ヲ興シ万機公論ニ決スベシ。【五箇条の御誓文】
「広く会議を興(おこ)し万機公論(ばんきこうろん)に決すべし。」
これは、広く人材を求めて会議を開き
議論を行って、大切なことはすべて
公正な意見によって決めましょう…という意味。
明治政府は身分関係なく人材を集めて
会議をしめようと考え、定めたのです。
上下心ヲ一ニシテ盛ニ経綸ヲ行フベシ。【五箇条の御誓文】
「上下心を一つにして盛んに経論(けいりん)を行うべし。」
これは身分を問わず、心を一つにして
積極的に国を治め整えましょう…という意味。
江戸時代では、農民と武士での
身分の格差が大きくありました。
しかし明治政府は、日本を近代化させる為に
身分制度をなくして平等にすべきと考えたのです。
官武一途庶民ニ至ル迄各其志ヲ遂ゲ人心ヲシテ倦マザラシメンコトヲ要ス。【五箇条の御誓文】
「官武一途庶民(かんぶいっとしょみん)に至るまで、各々(おのおの)その志を遂(と)げ、人心をして倦(う)まざらしめんことを要す。」
これは文官や武官はいうまでもなく
一般の国民も、それぞれ自分の職責を果たして
各自の志すところを達成できるように、
人々に希望を失わせないことが肝要…という意味。
これは、明治政府の方針というよりも
これから日本の近代化に向けて国民の目標を
達成するための志を高めるものと考えられます。
旧来ノ陋習ヲ破リ天地ノ公道ニ基クベシ。【五箇条の御誓文】
「旧来の陋習(ろうしゅう)を破り天地の公道に基づくべし。」
これは、これまでの悪い習慣を捨てて
何事も普遍的な道理に基づいて行いましょう…という意味。
悪い習慣とは、
江戸時代の風習のことが含まれています。
この後明治政府は、
廃刀令や廃仏毀釈などを行います。
智識ヲ世界ニ求メ大ニ皇基ヲ振起スベシ。【五箇条の御誓文】
「智識(ちしき)を世界に求め大いに皇基(こうき)を振起(しんき)すべし。」
これは、知識を世界に求めて
天皇を中心とするうるわしい国柄や伝統を
大切にし、大いに国を発展させましょう…という意味。
明治時代の明治政府は
欧米の文化を取り入れるだけでなく、
日本の伝統や文化を世界に発信することが
大切であると考えたようです。
最後に
この記事では
五箇条の御誓文の意味や内容などなど
五箇条の御誓文について
なるべくわかりやすく簡単な言葉で解説しました。