徳川家康の死因について。【天ぷらの食べ過ぎではない可能性あり】

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どくろ
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徳川家康:われ一人腹を切て、万民を助くべし (ミネルヴァ日本評伝選)

 

徳川家康は、日本で250年も続いた
江戸幕府を開いた有名な戦国大名です。

 

そんな徳川家康は、
天ぷらの食べ過ぎによって亡くなったと
いう説が考えられていますが、
実は違う死因の可能性も考えられています。

 

この記事では
徳川家康の死因について
徹底解説していきます。

 

 

徳川家康は”天ぷらの食べ過ぎ”で死んだのではない?

徳川家康(5) (講談社漫画文庫)

徳川家康は、天ぷらの食べ過ぎによって
亡くなった可能性が高いと言われてきました。

江戸時代初期に南蛮料理の天ぷらが
日本に伝わり、流行したそうです。

そして徳川家康も天ぷらを食べたのですが
その晩から腹痛と下痢に襲われ、
3か月後に亡くなったという話があったため
「徳川家康の死因は天ぷらの食べ過ぎ」
という噂が広がったそうです。

 

しかし最近では
徳川家康の死因について
違う説が有力と言われ始めています。

 

なぜ徳川家康の死因は、天ぷらの食べ過ぎではないと言われ始めている?

徳川家康 文庫 全26巻 完結セット (山岡荘八歴史文庫)

 

徳川家康の死因が
天ぷらの食べ過ぎによるものではないと
言われ始めている理由として、天ぷらを
食べてから3か月後に亡くなったとしたら、
少し期間が長すぎるのではないか?
天ぷらは直接関係ないのでは?というのが1点。

 

また、徳川家康
当時にしてはかなり長生きな75歳まで
生きており、健康オタクと呼ばれる程
自身の健康に気を使っていた人物です。

そんな人物が、天ぷらばかりを食べていたとは
少し考えづらい、というのが1点。

さらに、徳川家康死ぬ前の症状
違う病気の可能性があるといわれているのです。

 

 

徳川家康の死因について【最新】

家康公伝 4 【逸話編】関ヶ原と家康の死 (現代語訳徳川実紀)

 

昨今、徳川家康は次のような
死因だったのではないかと考えられています。

徳川家康の死因【最新】

これらの徳川家康の死因について
以下で詳しく解説していきます。

 

胃がん【徳川家康の死因】

実は、徳川家康の死因で
一番有力な説なのが、胃がんです。

「徳川実記」という徳川家康について
書かれた文献によると、死ぬ前の
家康について次のような記述があります。

 

痩せ方が激しく、吐血と黒い便を出し、腹に大きなシコリができている

 

この症状から、一番当てはまるのが
胃がんで亡くなったという可能性。

 

また、胃がんは塩分の摂り過ぎ
よって引き起こします。

当時は、栄養バランスの知識が
現代ほどは進んでいなかったため、
副菜などは摂らずに炭水化物と焼き魚や味噌汁だったりしたかもしれませんね。

 

関ヶ原の戦いで殺されていた【徳川家康の死因】

CGで大解剖! 激突 関ヶ原の戦い

徳川家康の死因は胃がんが有力ですが
意外にも、関ヶ原の戦いですでに
殺されていたという説も多々あるのです。

徳川家康
影武者を使っていたという話は有名です。

実は関ヶ原の戦いのときに
家康が死亡してしまい、その後しばらく
影武者が徳川家康として生活していたという説。

もしくは、徳川家康は
イライラしたときに爪を噛む癖があった為、
敵が影武者と本物の家康を見抜き、
家康を暗殺していたという説など…。

 

いずれにしても、影武者という説は
現在否定されつつある説なので、少し考えずらい説ですね。

 

 

最後に

徳川家康大全

この記事では
徳川家康の死因について解説しました。

徳川家康の死因について諸説ありますが
どれが本当の歴史なのか?
結局のところその時代の当事者しかわかりません。

それが歴史なのです。

たとえ徳川家康が生きているその時代に
生きていた人がいたとしても
その人が徳川家康の本当の死因を知っている可能性は低い。

本当に本当の歴史が
現在まで受け継がれることは少ないのかもしれません。

 

この記事では
徳川家康の死因について
可能性の高いものを中心に紹介していきました。

 

少しでもあなたの参考になれば幸いです(^^)

 

 

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