北野天満宮とは?【歴史や見どころをわかりやすく解説】

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北野天満宮
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日本の神社 6号 (北野天満宮) [分冊百科]

 

北野天満宮(きたのてんまんぐう)
京都府京都市上京区にある神社です。

 

通称として天神さん・
北野さんとも呼ばれています。

 

この記事では
北野天満宮とはどんな神社なのか?
その歴史や観光での見どころについても
分かりやすく解説していきます。

 

 

北野天満宮の歴史について

変貌する北野天満宮: 中世後期の神仏の世界

 

北野天満宮の歴史は
平安時代にまで遡ります。

 

その時代、右大臣菅原道真公が
左大臣藤原時平の讒言によって
左遷されてしまいます。

■讒言(ざいげん):他人をおとしいれるため、ありもしない事を目上の人に告げ、その人を悪く言うこと。

 

903年に菅原道真公が亡くなった後、
都では落雷などの災害が相次ぎます。

これは無実の罪で左遷された
菅原道真公の祟りであるという噂が広まり、
その御霊を鎮める為に創建されたのが、
この北野天満宮と言われています。

 

 

北野天満宮は947年
多治比文子や神良種、
北野朝日寺の僧・最珍らが建てたそうです。

 

後に藤原時平の甥であった
藤原師輔が自分の屋敷の建物を
寄贈して、壮大な社殿に造り直します。

 

987年に初めて勅祭が行われ、
一条天皇から「北野天満宮天神」の名前が贈られます。

 

それ以降も朝廷から手厚い崇敬を受け、
二十二社の一社ともなりました。

 

しかし室町時代に入ると
当時北野天満宮を本所としていた
麹座の麹製造の独占権を巡る問題で
室町幕府の攻撃を受け、
天満宮が焼失、一時衰退してしまいます。

 

時が流れ、江戸時代の頃になると
各地に勉強を教える寺子屋が普及します。

その寺子屋に天神がお祀りされたり
道真公の姿を描いた「御神影」が掲げられ
学問の神」として広く知られるようになります。

 

現在、全国各地には道真公を祀る神社が
約1万2000社あると言われ、
その多くはこの北野天満宮から御霊分けをした神社です。

 

北野天満宮の見どころとは?観光前に要チェック!

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ここでは
北野天満宮の見どころ
紹介していきます。

観光前に要チェックです!

 

社殿【北野天満宮の見どころ】

 

総面積約500坪の雄大な社殿は、
道真公をお祀りする本殿と拝殿が
石の間という石の廊下でつながっています。

本殿の西には脇殿が、拝殿の両脇には
楽の間が備えられた複雑な建築です。

 

これらは国宝に指定されています。

 

三光門【北野天満宮の見どころ】

桜門と拝殿の間に建つ中門は
三光門と呼ばれ、北野天満宮の
シンボル的な建築とされています。

三光とは、日・月・星を意味し、
梁の間に彫刻があることが名前の由来です。

また、星の彫刻だけない理由が
かつて朝廷があった大極殿から望むと
門の上に北極星があることからと
考えられています。素敵ですね!

 

三光門は桃山時代の建築様式で
重要文化財に指定されています。

 

最後に

北野天満宮―梅が香る天神さんの社 (週刊神社紀行 4)

 

北野天満宮とはどんな神社なのか?
その歴史や観光での見どころについても
なるべく分かりやすく解説しました。

 

神社の歴史に興味のある方や
これから北野天満宮を
観光する予定の方などにとって
この記事が少しでも参考になれば幸いです。

 

 

 

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