津山城の築城者「森忠政」ってどんな人?何をした人?【わかりやすく簡単な言葉で解説】

WRITER
 
男の後ろ姿
この記事を書いている人 - WRITER -

名君の門 戦国武将 森忠政

森忠政(もり ただまさ)
戦国時代(室町時代後期)から
江戸時代前期までを生きた武将、大名です。

誕生時期:1570年
死亡時期:1634年7月31日

 

 

岡山県「津山城」の
築城者でもあります。

 

この記事では
森忠政とはどんな人なのか?
森忠政は何をした人なのか?などなど
森忠政についてなるべくわかりやすく簡単な言葉で紹介していきます。

 

森忠政とは?【生涯をざっくりとわかりやすく解説】

家紋シール 森忠政 五葉根笹 24cm x 24cm KS24-3277-01

  • 森忠政の誕生日
  • 森忠政、織田信長からクビにされるが命拾い
  • 森忠政、家督を相続
  • 森忠政と豊臣政権
  • 森忠政と関ヶ原の戦い
  • 森忠政、津山に転封
  • 森忠政と津山城
  • 森忠政の最期

森忠政の誕生日

1570年森忠政
美濃金山城(現・岐阜県)織田信長
家臣・森可成の六男として生まれます。
※森忠政の具体的な誕生日は不明です。

 

森忠政の幼名は千千代です。
母親は美濃の豪族で
林通安の娘(後の妙向褝尼)です。

森忠政の誕生した年に
父である森可成が戦死してしまいます。

長男の森可隆は父に先立って戦死していた為
次兄の森長可家督を相続します。

 

森忠政、織田信長からクビにされるが命拾い

角川まんが学習シリーズ まんが人物伝 織田信長

1582年
織田信長に小姓として仕えますが、
ちょっかいを出してきた同僚の頭を
扇子で殴り、織田信長にクビにされます。

しかし、
クビにされたことが幸いして
この後起こる本能寺の変
巻き込まれずに済みました。

 

本能寺の変が起こったとき森忠政は
母と共に近江安土城に居ましたが、後に金山に戻ります。

 

 

森忠政、家督を相続

1584年、兄の森長可が
小牧・長久手の戦いで戦死します。

この時には他の兄は全員
亡くなっており、森家の跡継ぎは
森忠政のみとなっていました。

しかし、兄の森長可は死去前に
豊臣秀吉に遺言状を提出しています。

 

「森忠政に家督は継がせないでほしい」
といったような内容を書いていますが、
豊臣秀吉はこの一説は無視して
森忠政に家督を相続させ、森忠政は金山7万石を領します。

 

森忠政と豊臣政権

1587年、森忠政は豊臣姓を賜り
従四位下侍従に叙任されます。

以後「羽柴右近大夫忠政」と称します。

同年九州征伐には
眼病を理由に参陣を見送り、
小田原征伐には自らも出馬します。

 

森忠政と関ヶ原の戦い

新解釈 関ヶ原合戦の真実 脚色された天下分け目の戦い

豊臣秀吉の死後、
森忠政は徳川家康に接近し、
その時に苗字を「森」に戻します。

また1600年には、
かねてから所望していた
信濃国川中島(現・長野県)
13万7000石への加増転封が決まり
海津城主となります。

同年の関ヶ原の戦いでは
徳川方(東軍)の徳川秀忠に属し
信濃上田の真田昌幸を攻めました。

 

森忠政、津山に転封

1603年、森忠政は
美作国(岡山県)18万6,500石への
加増転封が決定します。

しかし、元小早川家臣や宇喜多家の家臣、
領民たちが反発して一揆を起こし、入国を拒否します。

森忠政は地元の有力者を調略し、
一揆を終息させ無事に入国します。

 

森忠政は美作津山藩の初代藩主となり、
当時「鶴山」であった地名を
津山」に改めて、津山城の建築を始めます。

他にも荒廃していた大聖寺の再建や
美濃職人町」の形成、
久世牛馬市の創設などを始めとする
経済の振興や、道路網の整備、
宿場の新設など多種多様な政策を
計画・実行し、津山藩の基盤を築きます。

 

森忠政と津山城

復元 津山城ペーパークラフト<日本名城シリーズ1/300>

森忠政は1614年、
大坂の陣では天満口を攻め、
翌年仙波口を攻め活躍します。

 

1616年についに
13年の年月をかけた
津山城が完成します。

1626年、嫡男・忠広
2代将軍・秀忠の養女・亀鶴姫
(前田利常の娘)が婚姻します。

しかしわずか3年程で
亀鶴姫が亡くなったため、
徳川家準一門になる機会を逃します。

 

森忠政の最期

1634年7月31日
森忠政は桃に当たり食中毒で亡くなります。

享年65歳。

 

最後に

名君の門 戦国武将 森忠政

この記事では
森忠政とはどんな人なのか?
森忠政は何をした人なのか?などなど
森忠政についてなるべくわかりやすく簡単な言葉で紹介しました。

 

少しでもあなたの参考になれば幸いです。

 

この記事を書いている人 - WRITER -

Copyright© でも、日本が好きだ。 , 2018 All Rights Reserved.