徳川家康が住んでいた城(居城)や建てた城について。

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徳川家康(23) 蕭風城の巻 (山岡荘八歴史文庫)

 

徳川家康のお城というと
何を思い浮かべますか?

 

75年生きたその生涯において
いくつもの城へ移っています。

 

この記事では
徳川家康が住んでいた城(居城)
建てた城などについて紹介していきます。

 

 

 

徳川家康が住んでいた城(居城)や建てた城

家康、江戸を建てる

 

徳川家康の城について
以下の7つの城を紹介していきます。

 

徳川家康の城
  1. 岡崎城(おかざきじょう)
  2. 今川館(いまがわやかた)
  3. 浜松城(はままつじょう)
  4. 駿府城(すんぷじょう)
  5. 江戸城(えどじょう)
  6. 名古屋城(なごやじょう)
  7. 二条城(にじょうじょう)

 

 

岡崎城【徳川家康の城】

三河岡崎城 (シリーズ・城郭研究の新展開3)

 

徳川家康の最初の居城であり
産まれた場所が岡崎城(おかざきじょう)です。

徳川家康の父「松平弘忠」は
今川氏に仕えていましたが
謀反によって殺されてしまい、10数年間
岡崎城は今川氏の支配下となります。

 

その後、桶狭間の戦いによって今川氏が滅亡し
独立した徳川家康が岡崎城に入城しました。

 

 

浜松城【徳川家康の城】

続 日本100名城 浜松城 お城 模型 ジオラマ完成品 A5サイズ 

 

甲斐の国・武田信玄との領地争いの
拠点となったのが浜松城(はままつじょう)です。

 

元々は「曳馬城(ひくまじょう)」という
名前の城でしたが、馬を曳(ひ)くというのが
敗北につながり縁起が悪かったため、
この地とともに城の名前を浜松と改めました。

 

 

江戸城【徳川家康の城】

サライの江戸 江戸城と大奥: 「江戸始図」でわかった“家康の城”の全貌 (サライムック サライの江戸)

 

本能寺の変によって織田信長が亡くなり
豊臣秀吉に仕えた徳川家康は、
豊臣秀吉から関東への移封を命じられます。

■移封(いほう):大名などを他の領地へ移すこと。

 

徳川家康が入城した当初は
江戸城は小規模なお城でしたが、
次第に増築をし、最終的には
国内最大規模の面積を誇る城郭となります。

 

この江戸城は、約250年も続いた
江戸幕府の拠点となった徳川家康のお城です。

江城(こうじょう)や千代田城(ちよだじょう)とも呼ばれます。

 

 

 

駿府城【徳川家康の城】

よみがえる日本の城 (11) (歴史群像シリーズ)

 

駿府城(すんぷじょう)は、
徳川家康に、ゆかりのあるお城です。

もともと駿府城は今川氏の居城でした。

そのため、
徳川家康の父「松平弘忠」が
今川氏に仕えていた時代は、
徳川家康は人質としてこの駿府城で幼少期を過ごします。

 

また駿河国を支配して
江戸へ移封となるまでの時代も、
徳川家康はこの駿府城に住んでいます。

 

そして江戸幕府を開いて、
将軍職を息子の徳川秀忠に譲り
大御所となってから亡くなるまでも、
徳川家康はこのお城で過ごしたそうです。

 

 

 

二条城【徳川家康の城】

二条城を極める

 

徳川家康が、関ケ原の戦い後に
京都の宿所として築城したのが
二条城(にじょうじょう)です。

一説だと京都の朝廷へのけん制のためと考えられています。

 

 

名古屋城【徳川家康の城】

名古屋城 (PHPムック)

 

徳川家康が天下統一の最後の布石として
建築したのが名古屋城(なごやじょう)です。

以降は徳川御三家の一つでもある
尾張徳川家17代の居城として明治時代まで使われました。

 

 

最後に

徳川家康―江戸幕府をひらく (講談社 火の鳥伝記文庫)

 

この記事では
徳川家康が住んでいた城(居城)や
建てた城などについて解説しました。

 

 

 

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