伊達政宗の死因について。

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角川まんが学習シリーズ まんが人物伝 伊達政宗

伊達政宗は戦国時代(室町時代末期)を生き
今もなお名が知られる有名な戦国武将の一人。

伊達政宗は東北地方で活躍した武将です。

 

「最後の戦国大名」とも呼ばれた
伊達政宗の最期(さいご)は
どのようなものだったのでしょうか?

 

この記事では
伊達政宗の死因について紹介します。

 

伊達政宗の死因について

日本史有名人の臨終図鑑 2(新人物往来社2010年刊行)

伊達政宗の死因について紹介します。

残っている記録によれば、
晩年の
伊達政宗は食事不振
嚥下困難であったそうです。

※嚥下=口の中の食べ物を胃にのみ下すこと。

 

これらの症状などからも
次の死因が有力とされています。

  • 癌性腹膜炎
  • 食道癌(食道噴門癌)

伊達政宗はどちらか、あるいはどちらも
原因で亡くなったのではないかと考えられています。

 

癌性腹膜炎【伊達政宗の死因について】

婦人科腫瘍の臨床病理

癌性腹膜炎(がんせいふくまくえん)とは
どのような病気なのでしょうか?

辞書には次のように書かれています。

がん性腹膜炎とは、腹腔内の消化器がんが
進行して末期になると、腫瘍から癌細胞が脱落したり、
転移したリンパ節が大きくなり、腹膜の全面にわたって
癌の小さな結節(けっせつ)ができます。

この状態が、がん性腹膜炎です。


つまり簡単にまとめると、
体壁と内臓との間の空所(腹腔)に

悪性腫瘍がある状態といえます。

 

がん性腹膜炎の症状は
腹腔へ過剰に水が溜まったり(腹水)、
悪心、嘔吐、発熱、呼吸困難などがあります。

また、がん細胞が腸管にまで及ぶと
腸閉塞になって、腹痛や腸が鳴るなどの
症状も現れ、衰弱状態になってしまう病気です。

 

食道癌(食道噴門癌)【伊達政宗の死因について】

食道癌診療ガイドライン 2017年版

もう一つの伊達政宗の死因は、
食道癌・食道噴門(ふんもん)癌と考えられています。

食道噴門とは、食道につながる
胃の入り口のことです。

 

食道癌は悪化してくると、
食べ物を食べたときに違和感が残ります。

食べ物などを飲み込むときにしみたり、
つかえた感じ、ちくちくした感じなどの
症状が現れるようになります。

 

がんが進行するにつれて食道の内径が狭くなり
固形の食べ物を飲み込むことが困難になっていくのです。

 

さらに癌が食道の周りの器官である
肺や気管、胸椎にまで広がると、
嘔吐・咳、血痰、胸の痛みや息苦しさも現れます。

 

 

死に際の伊達政宗【伊達政宗の死因について】

政宗の遺言

 

伊達政宗は、辞世の句を残しています。

※辞世の句=死に際に詠んでこの世に残す和歌。

伊達政宗の辞世の句は
非常に有名な短歌(和歌)の1つです。

伊達政宗は詩歌が優れていたと言われています。

辞世の句から考察する伊達政宗の最期

伊達政宗の辞世の句

曇りなき 月の心を 先立てて 浮世の闇を 照らしてぞ行く

 

現代の言葉で訳すと、

先の分からない戦国の世だったが、
夜の月の光を
頼りに道を進むように、
自分が信じた
道を頼りに
ただひたすら歩いてきた一生だったなぁ

 

伊達政宗の辞世の句の内容からも
事前に死を覚悟していた様子がわかります。

そのため伊達政宗の死因として
暗殺などはとても考えにくいです。

 

はっきりとした死因は不明ですが
ガンなどの病気が原因となって
伊達政宗はこの世を去った可能性は高いです。

 

最後に

伊達政宗、最期の日々 (講談社現代新書)

この記事では
伊達政宗の死因について紹介しました。

 

 

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