源義経とは?【家紋や刀、妻や伝説、そして最期について。】

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源義経
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源義経 (岩波新書)

源義経(みなもとよしつね)
平安時代末期から鎌倉時代初期までを生きた武将です。

誕生時期:1159年
死亡時期:1189年6月15日

 

源義経とはどんな人物だったのか
どんな最期を迎えたのでしょうか??

 

この記事では
源義経の家紋や刀だけでなく
伝説や妻などについても紹介していきます。

 

源義経とは?

源平武将伝 源義経 (コミック版日本の歴史)

源義経は1159年に源義朝
常盤御前の九男として生まれます。

 

源頼朝異母弟にあたります。

 

この源義経については
幼名の「牛若丸」も有名ですね。

 

源義経は、兄の源頼朝と一緒に
従兄弟の源義仲の討伐に加わり、
その後も一ノ谷の戦い
屋島の戦いなどで戦い、
そして、壇ノ浦の戦いで平氏を滅ぼします。

 

 

しかしその後、
源義経は兄の源頼朝と対立し
追放されてしまいます。

 

源義経の最期は?

源義経弁慶主従の最期地

源義経は藤原秀衡(ひでひら)の死後、
源頼朝の脅威に屈した、
秀衡の息子(泰衡)に襲われます。

 

源義経の最期は、1189年6月15日
衣川館で妻子を殺めた後に
自害したと言われています。

 

 

源義経の妻

源義経の妻

源義経には、正室の郷御前の他に
静御前と蕨姫という2人の妾がいます。

郷御前(さとごぜん)は関東の豪族の娘であったそうで、
有名な静御前よりも身分が高かったと考えられます。

 

 

源義経の刀

高級品 日本刀・模造刀 源義経(太刀)拵(戦国武将・大名シリーズ)

源義経が、自害する際には
今剣」という短刀を使ったと言われています。

今剣は、源義経が過ごした
鞍馬寺(くらまでら)を出るときに授かったもので、
源義経は生涯この刀を手放さなかったと言われています。

 

源義経にはこんな伝説が!

源義経―伝説に生きる英雄 (新・人と歴史 拡大版)

源義経には有名な伝説があります。

ここでは2つ紹介します。

  • 弁慶と牛若丸
  • チンギス・ハーン

以下で簡単に解説します。

 

弁慶と牛若丸【源義経の伝説】

弁慶と牛若丸 世界の童話シリーズその24

源義義経のお話では、
弁慶と牛若丸の伝説が有名ですね。

牛若丸とは源義経のことです。

京都で弁慶という乱暴者がいました。

決闘で勝った相手から刀を奪い続け、
あと1本で1000本というとことで
五条大橋を歩いていた牛若丸に勝負を挑みます。

しかし返り討ちにあった弁慶は、
牛若丸の家来として仕えることとなったのです。

 

チンギス・ハーン【源義経の伝説】

成吉思汗=源義経だったこれだけの理由

もう一つ、
源義経にまつわる英雄伝説として
特に有名なのが
モンゴルの国王であった
チンギス・ハーン(ジンギスカン)
なったというものです。

年月などに関して不思議はないことと、
意外な共通点があるのです。

 

源義経は、源氏一門の家紋として有名な
笹竜胆(ささりんどう)を使っていたと言われています。

一般家紋蒔絵シール 45.笹竜胆/GD

 

そして、この笹竜胆の紋章が
チンギスハンの紋章と似ていることや
ロシアの一部の家でも
笹竜胆の紋が使われていることなどから
源義経は実は自害しておらず、海を渡って
モンゴルの国王であったチンギス・ハーン
なったのではないかという説があるのです。

しかし、
平安時代末期にはまだ
家紋は定着しておらず、
源義経の家紋はなかったという考えもあります

 

最後に

源義経 (人物叢書)

この記事では
源義経の家紋や妻、刀だけでなく
伝説や最期などについても紹介しました。

 

 

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