織田信長の妻「濃姫(帰蝶)」とは何者なのか?【織田信長の妻は濃姫だけじゃない!?】
織田信長の妻である
濃姫(帰蝶)を御存じですか?
この濃姫(のうひめ)。
日本で有名な織田信長の妻ですが、
実は謎多き女性なんです。
誕生時期:1535年
死亡時期:1612年8月5日
この記事では
織田信長の妻「濃姫(帰蝶)」とは何者か?
濃姫以外にも、織田信長には妻(奥さん)がいたのか?
などなど、織田信長の妻(奥さん)について徹底解説します。
2020年の大河ドラマ「麒麟がくる」で濃姫(帰蝶)は登場します。
沢尻エリカさんが濃姫(帰蝶)役でしたが
2019年11月に逮捕されてしまいました。
そのため川口春奈さんが
濃姫(帰蝶)役を務めることになりました。
目次
織田信長の妻「濃姫(帰蝶)」とは?
織田信長の妻「濃姫(帰蝶)」は
どのような人物だったのでしょうか?
濃姫(のうひめ)は、1535年頃に
「美濃のマムシ」と恐れられていた
斎藤道三の3女として産まれます。
濃姫の性格については、「気が強い」と
思わせるようなエピソードがいくつかあります。
しかし出どころは不明であり、本当か分かっていません。
- 織田信長と濃姫(帰蝶)の結婚は、政略結婚?
- 織田信長と濃姫(帰蝶)には子供がいなかった?
- 織田信長の妻「濃姫(帰蝶)」は謎が多い?
織田信長と濃姫(帰蝶)の結婚は、政略結婚?
数年間、
織田信長の父である織田信秀と
斎藤道三は争いを続けていましたが、
後に同盟を結びます。
その証で濃姫(帰蝶)は、
織田信長の正室(妻)として織田家に嫁ぎます。
美濃から来たお姫様なので
「濃姫」と呼ばれました。
濃姫の父である斎藤道三は
濃姫にスパイをさせるために織田家に嫁がせ、
信長も自身の勢力の拡大のために
利用したと考えられています。
つまり、
当時ではほとんど主流であった
政略結婚だったんですね。
織田信長と濃姫(帰蝶)には子供がいなかった?
正室(妻)であった濃姫(帰蝶)ですが、
織田信長との間に子供はいませんでした。
後に、織田信長の長男として
織田信忠を養子にしています。
織田信長の妻「濃姫(帰蝶)」は謎が多い?
織田信長の正室(妻)であり、
斎藤道三の娘にもかかわらず
濃姫(帰蝶)に関しての史料は非常に少ないです。
織田信長のことについて
詳しく書かれてある「信長公記」にも、
濃姫の死については何も書かれていません。
濃姫の死については
以下の説が考えられています。
織田信長の妻(奥さん)は濃姫だけじゃない!?
織田信長の妻(奥さん)は
合計で9人いたと言われています。
濃姫は、正室と呼ばれる正妻ですが、
他の8人は子孫を残すための側室という存在です。
濃姫以外には
どのような妻(奥さん)がいたのでしょうか?
濃姫以外の織田信長の妻は以下の通りです。
- 生駒吉乃
- お鍋の方
- 華屋院(坂氏)
- 養観院
- 土方氏
- 慈徳院
- 春誉妙澄大姉
- 原田直子
また、織田信長の子どもには、
母親不明な子が何人もいる為、他にも
側室がいたのではないかと言われています。
この側室たちの中でも、一番正室に
近かったと考えられているのが「生駒吉乃」。
先にも述べた
織田信長の長男の織田信忠を
産んだのは、生駒吉乃であります。
次男の織田信雄、
長女の徳姫の母でもあり
織田信長最愛の女性と言われています。
しかし生駒吉乃は若くして亡くなった為
息子の信忠は帰蝶の養子となりました。
最後に
この記事では
織田信長の妻「濃姫(帰蝶)」とは何者か、
濃姫以外に妻(奥さん)がいたのか、などなど
織田信長の妻(奥さん)について解説しました。
少しでもあなたの参考になれば幸いです。
2020年の大河ドラマ「麒麟がくる」で濃姫(帰蝶)は登場します。
沢尻エリカさんが濃姫(帰蝶)役でしたが
2019年11月に逮捕されてしまいました。
そのため川口春奈さんが濃姫(帰蝶)役を務めることになりました。